2013年 日本心理学会公募シンポジウム「ジェンダー研究における質的アプローチの可能性」

話題提供

纓坂英子氏「カルチュラル・スタディーズへの接近」

 ジェンダー研究に取り組んだきっかけは、個人主義・集団主義の研究を行っていたとき、日本人が生まれながらの集団主義者のように論じる研究に反証をしようとしたことだった。日本人集団主義説や、ジェンダー研究が批判した女性に関する様々な論点も、特殊な文脈の特殊な集団について語られていたという共通点があると理解しはじめた。その後、韓国で元従軍慰安婦の女性たち共同生活を営むナヌムの家を訪問したこと、豪州の研究者たちとパネルを組んで女性に関連する現代的な問題に取り組んだこと、野生のフェミニスト浜野佐知監督との交流が、私をいよいよジェンダー研究に向かわせることとなった。

 心理学では、男性問題やLGBT研究が他領域に比べて少なく、ジェンダーを身体の性、性自認、性の指向の3方向から論じられた研究もあまりみられない。また量的研究が心理学では主流であるが、それではとらえられない現実のジェンダー問題(たとえばナヌムの家に心理学徒ができることは? 女性誌やメディアのジェンダー言説の分析など)に取り組むとき、領域横断的なカルチュラル・スタディーズの方法論への接近を試みた。

滑田明暢氏「家事遂行の意味づけを捉える」

 質的アプローチを用いる研究の手法は多種多様であるが、本報告では質的アプローチを「個人や現象を記述し、詳細に理解するアプローチ」として理解し、ジェンダー研究におけるその意義について議論する。

 報告者(滑田)は、これまでに夫婦における家事遂行の研究をおこなってきた。そのため本報告では、家事の遂行に関して尋ねる半構造化インタビューにおける40代の女性の語りを議論の題材とした。インタビューの語りからは、家事の遂行をめぐって認識の揺らぎが発見された。インタビューにおける語りを聞く限り、炊事、洗濯、掃除などの各家事については担当者が決まっているように聞こえるにもかかわらず、家事を誰がするかは決まっていないとも語られていたのである。この揺らぎを詳細に検討すると、確かに各家事について頻度多く担当する人がいる一方で、家事を遂行している当事者本人にとって家事は「できるひとがやる」ものとして意味づけられていた。

 家事を遂行している当人が、実際の家事遂行量だけでなく家事の遂行方法も考慮して家事を意味づけていることを考えると、研究者も家事遂行の方法を考慮する必要があることがわかる。「個人を詳細に記述し、詳細に理解するアプローチ」によって得られた知見は、研究対象(ここでは家事遂行)の意味づけられ方だけでなく、研究課題および研究によって見出される知見について吟味する機会と根拠も与えてくれるといえる。

土肥伊都子氏「質問紙法とインタビュー・投映法の併用 -調査対象者の選定と概念の多面的測定」

  質的研究を量的研究と併用するメリットとして、以下の点を挙げた。第一に、質問紙法などの量的研究から得られる結果は、大勢の個人の共通性であるため、具体的な生身の人間の姿が見えにくい。そこで、質的研究の併用により、ある特性の傾向が強い個人の有り様を記述することが可能となり、量的研究からの知見を人々に還元しやすくなる点である。第二に、「体系的折衷調査法」の方法を用いることで、質問紙調査の内容的妥当性や仮説モデルの因果性、媒介変数の影響などの検討が可能になる点である。これは、質的研究の対象者を、量的研究で得られた結果に基づいて厳選することで可能となる。その具体的研究例として、筆者の研究モデルと関連づけた、女子大学卒業生に対するインタビュー調査を紹介した。その後の指定討論者からの問題提起により、ジェンダー研究ならではの質的・量的研究のメリットを発見していく必要性、また量的・質的研究をすることでどのような現実の社会問題を解明していけるようになるかの問題意識をもつ必要性などが、フロアと共通認識できた。

指定討論

五十嵐靖博氏・伊藤裕子氏

  五十嵐氏は理論心理学・批判心理学の動向を紹介した上で、今後どのような社会的問題へのアプローチが可能かと質問を投げかけた。伊藤氏は、これまでの夫婦関係の研究を例示しながら、量的研究ではなく質的研究でなければならない積極的理由は何かと疑問を投げかけた。それに対して纓坂氏は、女子寮と男子寮の区分がLGBTの人たちに支障となっているような現実の問題があるのにこれまでの心理学は参考にならない。カルチュラル・スタデイーズを含む質的アプローチが必要ではないかと答えた。滑田氏は、仮説検証によって関係する要因を特定するのではなく現象をそのまま記述することを質的研究はめざしており、それによって見えてくるものがあるのではないか。TEMのような時間軸で個人の経験をとらえていくことで「仕事か家庭か」という二分法でなく価値の変容プロセスをみることができると答えた。土肥氏は、男女ともにゆったり働ける社会の実現に役立つような心理学の研究が必要なこと、そのために量的・質的研究をうまく組み合わせて妥当性を検討していく必要性を訴えた。